みずたま日記
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2010.05.27 Thu*

「あかの他人から愛されていると/私は窒息するのではないかと思うほど息苦しくなる。相手に相応のお返しをすることはできず、それができないことを自覚しているうちに、じわじわ相手の一方的な愛が私の身体に浸食してきて、私の身体のバランスを崩す。といって、逃げることもできない場合、きまって私は相手をはげしく憎むようになる」

「他人が無性に怖いので、その他人に愛されよう、気に入られようと必死の努力をするが、その結果そのひとから愛され、気に入られると、今度はたいへんな重荷を感ずるのである。/私は死に物狂いで重荷を担ぎ続ける。この奮闘が私をいつか窮地に追いやる。そして、私はある日相手が驚くような突発的な仕方で重荷を放り出すのである」

「いかなる関係においても、自律性の堅固さについての不全感が、自律性とアイデンティティとを失いはしまいかという恐れに、彼を直面させるからである」

--中島義道「ひとを愛することができない」





彼氏「さみしい、足りない、わかってほしい」

わたし「あげられない。どうしようもない。つかれた」


これが始まったのが先週で

さっき「もう無理」って電話して

やっと一息つけた。

今回はもう少し続くかなと思っていたけど短かった
私同じ人と3回以上セックスできない呪いかなんかかかってんだきっと

とにかくこれで自分を取り戻せる。

涙が出てくる。自分ってなんだ?


カウンセラーからの忠告は「自分を責めすぎないように」

だけど自分を責めて憐れんで慰める以外に出来ることがない

こうなることはわかっていたし、こうなるように自分で性急に仕向けた気もする
もうなんだか現実感もないけど
やっぱり死にたくなるね多少

電話したその日にこんなブログを書いてるんだからよっぽど一人遊びが好きなんだ
他人から逃げて自分だけと向き合いたくて仕方ないのに
どうして他人を求めるんだろう


今回は熱狂できるような相手じゃなかった
でもだから平静でいられる、持続できるかもと期待したし
実際平和だった

一緒に山へ行って楽しかった。新緑がきらきらしてて嘘みたいで「平和すぎて怖い」って言ったら「なにが怖いの」と笑われて、私は相変わらず孤独だったけどでもそれでもいいと思えた
次はおにぎりと卵焼きとウインナーが入ったお弁当をつくるよとか言って
二人とも卵焼きは甘いのが好きだからよかったねって
それで充分だと思った


「不安なのは誰でも同じ」「今更そんな事を言うならなぜ付き合ったのか」「俺は気持ちをはっきり伝えてる」

「うんそうだね全部私のせいだね、ごめんね」

「そういう言い方やめようよ」

じゃあなんて言えばいいの
責められ続けることにつかれた

安心感を求める子と付き合ってもうまくいかないのはわかってたけど
平和に憧れて
少しはうまく出来るような気がしちゃって

上手くいかないってわかっててもトライしてみたかったんだ
自分の不幸回路の衝動に従っても永遠に平安が得られないのはもうわかってるし
気持ちが上手くついてこなくても、少しずつ慣れるしかないと思った

「不幸回路を認識できるだけの客観性っていう安全装置がちゃんと付いてるじゃない。死にたいとか言っちゃだめだよ」
と友達は言うけど

中途半端な客観性があるから苦しいんじゃないのかな?安全装置?
意識は明瞭なのに思うように手足が動かないのは地獄だ


また自分に酔ってるなあ
相手のことなんか心底どうでもいいんだ
そしてそういういつもの自分にほっとする


彼の私物だったローターとローションどうしようかなあ
元々彼がオナニーに使ってたもの(そういうところは好きだった)だから返した方がいいかな、ラッピングでもしようかな、でももう使いたくないだろな…
これだからシリアスな展開いやだったのに…
笑える。(笑えない?)

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