みずたま日記
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2010.08.18 Wed*

「いったいどんな顔つきをしたら、無関心や軽蔑、あけっぴろげな仲間意識、そうしたものを示す表情をいったいどうやって人前で浮かべたら、ぼくを見張っている人間が根負けして、手帳に<ホモ>と記さなくなるのだろう……。」


「そこについたとき、本物の凶悪犯みたいにそこに放り込まれたとき、ぼくは安らぎのようなものを感じた。なんにもとらわれないような気分にさえなった。少なくとも、とぼくは思った、もうなにもかも終わったんだ。」


「亡命が、つまり自由が何かを教えうるというなら、それは幸福というものは幸福であることの中にあるのではなく、自分の不幸を選びうることのなかにあるということなのだから」


「彼女の目は優しく、思いやりがあり、淋しげで、あまりにも情け深く、あまりにも好意的だった。そのせいでぼくは彼女に耐えることも、彼女をだますことも、ぼく自身をだますこともできなかったのだ。」


「もちろん知ってる、もちろん知ってる、それを知って、おまえよりも先にそれを知り経験したせいでそこを逃げ出したんじゃないか? でも、どうしておまえがぼくにそれを思い出させなくちゃいけないんだ? どうしておまえはまさしくぼくが忘れたがっていることをしつこく口にしなくちゃならないんだ?」


「僕はもうここの現実に属しちゃいない、でも、と彼は思った、もう一つの現実にも属しちゃいないんだ/十五年前から暮らしているあの世界に一体感を感じたことなんかない。でも、ここの世界とはなおさら一体感なんか抱けそうにない。」


「空はいまも同じ、水はいまも同じ、太陽はおなじ、でもぼくはどこにいるんだ、遠くなり小さくなったとはいえ夢を抱いていたあの時代はどこなんだ、まだ夢、まだ夢としてあるんだ、ぼくの青春時代はほんとうにどこにあるんだろう、青春でなにをしたのだろう、どんな友達がいたのか、一度も現実とならなかったためにずっとぼくをつけまわしていたあの亡霊たちはどこにいるんだろう、ぼくはなにをしたんだ、人生でなにをしたのだろう。ぼくのほんとうの悲劇は五十歳ということではなく(別の面ではほんとうの悲劇だが)、その歳月を一度も生きなかったということにあるのだから。」


「きみは、きみは、この二十年あまりのあいだにぼくがはじめて招待した人間なんだ。ぼくの世界、そう、ぼくの世界観をすっかり変えることのできた人間はきみしかいない。ぼくの人となりだけじゃない、ぼくには自分を犠牲にする価値のある人間は絶対ひとりも見つからないという誤解だけじゃない、そういったものばかりじゃなくて、むろんそれはぼくいはとても大切なものだが、そうしたものだけじゃなくて、もっとなにか、ほかのなにかをも変えたんだ、つまり、恐怖全体、最悪の恐怖にさらされても人間というものは打ち負かされはしないという確信、ぼくにとってきみはその確信なんだ。カルロス、カルロス、とイスマエルは裸の青年の前にひざまずき抱きつきながら、すすり泣くかのようにまたささやいた。」

――レイナルド・アレナス「ハバナへの旅」




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